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陶号をくま子としたのは・・・・
生後1ヶ月ほどになる子だったでしょうか、捨てられていた雌の子犬 "くま子" と出逢いました。
焼き物の里さとへの探訪 大好きだった山歩きへと、一緒に車で巡りつづけた、ちょうど10年間の父と娘の旅日記でした。
平成4年10月 天国に嫁いで行った娘の名前を呼び続けていたくて、1日に1個 1年に365個、作る器にこの子の名前を入れられる嬉しさで、日々作陶をしています。
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焼き物の窯焚きはおろか窯詰めの経験もなかった私が、それこそなんの根拠さえもてないままの初窯焚きを終え窯出しをむかえた時の事、見たこともない変な色合いの器を手にすることになったのです。
悲しいよぅな淋しさと不安ばかりを胸に、その内のいくつかを新聞紙にくるみ 信楽の知人を訪ねました。
訪ねる道すがら、このまま引き帰そうか・・・と、不安のあまり何度もそぅ思った私でした。
そんな私の様子に気付いてくれたのでしょう。 その時の知人が下さった言葉を、今もはっきりと覚えています。
「何処の 誰の焼き物に似ていたいのよ・・ 似てなくていいのよ。 むしろ誰しもがきっと、何処の焼 き物にも似てなくて、誰の焼き物にも似ていない、そんな焼き物を焼けることが夢よ。」って、言ってくださいました。
知人からの、あの時のその言葉がなかったとしたら、今もこうして私が焼き物をつづけている気がいたしません。
その日以来ずっと、その方のその言葉が、私と娘の探究心への支えとなりつづけています。
初窯に出た作品の窯変に 望郷の思いに出てくる秋の夕暮れ時 田畑の岸辺の草焼きの、残り火が風にあおられ暗やむ空に炎が立ち上っていた光景を思い出し(野火焼)と銘名をしました。
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