(ごたく)・・ほらあれですよ。ごたくを言うなのそれですよ・・・


野火焼きの燃えきらないままだった心情

(これはとある場所に、燃焼物の発火点の遅滞・と題して投稿中の転載です。)


窯を造ろうと決めた時、薄っぺらな陶芸資材のパンフレットが一冊あっただけだった。
その中の数ページに、電気窯・ガス窯・灯油窯・穴窯の価格表があった。
ずいぶん高い物だな〜って買えなさを感じてた。
でも、自分で作った窯で焼きたいとそれが自分のおもいだったから
そのパンフレット先に1000枚の耐火煉瓦と耐火モルタル・断熱材の注文をした。

私的にはうなずけることだが、後にその話を持ち出す事がある度に
誰もからひと笑いにあってしまった。
仕事帰りの夜間と休日作業で灯油窯一基と灯油と薪併用の穴窯の二基を造った。
窯を築こうと決めた日は、初窯の点火の日の為の決心だった。
その日を後一週間残し窯らしき完成を迎えた。
それからはじめて、灯油窯用のバーナーとオイルタンク一式の買い付けに走った。
実はそのあたりもすでに、あきれてしまわれた部分にどっぷり浸かってた(笑)

陶芸資材の販売店に行った。
陶芸を始めて以来、この店で全ての用具資材を買っていた。
灯油窯のバーナーを購入したいと希望した私に、怪訝そうな店員の顔・・
やがて店員の要請で出てきた店主らしき男性から
窯との別売りは業者間の協定により販売できないのだと説明を受けた。
その時はじめて、この時点まで自分が問い合わせすらしていなかった無計画さを知った。
店を出てしばらく走ったとこで、陶芸教室の看板のかかった陶器店に立ち寄った。
平日でもあり客足もまばらで、硝子張りの教室の中に一人ロクロに向う男性が居た。
受講の意思もないまま部屋に入って行くと、会釈に物腰低く微笑み返し迎えてくれた。
出して頂いたお茶をいただきながら、自分の軽はずみさを聞いて頂いた。
すると「ちょっと待ってね」って言い残して(講師)は部屋を出て行かれて
10分ほどで帰って来ると「窯屋がすぐにきますよっ」って煙草の火をつけた。
その方の近日購入予定の予備バーナーだと言うことで難なく手に入れることが叶った。

自分なりの焼き物ができればいい・・その想い以外になにもなかった。
紹介された窯屋さんに作った窯の大きさを聞かれ話した時
最低2セット、もしかしたら3セットのバーナーが必要だろうと教えられた。
2台もなんて、そんな買い物をするつもりも余裕もなく
一台のバーナーと手に入る古材の薪で焼いてみますよとお二人にお礼を言った。
窯焚きの知識は、その時お二人から即席に聞いたうる覚えの知識だけだった。
その日は二年前の(その日)からその子との同行することに成ること意外は
何もしない誓いを立てていたので、今回はその日からの3日間の休暇を取った。

訪問でのおたずねを頂けました。
あらためて、こんなごたくはいらないんだって以前の書き込みに反省!(苦笑)
★燃焼物の発火点の遅滞・・本題に入ります。
おたずねを頂けたお方の内容は(市販の灯油焚き専用)窯でのものでした。
つたない私の経験だけにすぎませんが、ここに強還元雰囲気を求めようとします。
まず通常の昇温をさせる焼きをしてゆきます。
当然土種にもよるのですが、想定する温度域まで達すると
煙道を狭める手段・バーナーの送風量を絞る手段、このふたつがあろうとおもいます。
此処からの焼き・焚き・焼成の妙です。
器が焼成される温度域に達した物は(その土の耐火度域)
私的な仮定は、その器を作陶する時の軟性質にまで戻る常態にしたものだと想っています。
ですから、この生地の表面、同時に生地質に炭化成分の浸透を図ります。
当然のように、炎は燃焼に理想的な酸素量を欠いてしまう訳ですから
不完全燃焼となり、煙・炭酸ガス・の発生を余儀なくされますが
薪窯は燃焼物・含まれる成分の異なりこそあれ、終始この状況のものでしょう。
まずその点を省けないこの考え方の基本にします。
これもまた当然のことながら、燃焼性が悪くなればなるほど
窯内の温度の降下は始めます。がしかし、温度掲示の数値よりも
ある一定の遅れの現象で器の温度は下がってくることを考慮できるでしょう。
再度どの時期での完全燃焼に戻し昇温をさせ、また強制をはじめるか
かつ、その状況をどのように・何度・どの温度域で・・・
これらは全て窯その物によっても異なることでしょうし
例えば同じ窯で、同じ焼き方・焚き方をしてもおそらくは限りなく不可能に近い
不可能ではかいかと・・で、ないと国宝級が100均に・・(失礼しました〜)
この窯では・・を、様々に使いこなすことだとおもいます(貧乏意見)
「今度の窯がどうも・・」それだけで続けざまに3度登り窯を築きなおした
知人の知人が居るそうです。(すっげえ金持ち!)(貧乏落ち込む)
自分で話して、自分で気持ちが沈み・・しばしお時間を・・・

気をとりなおし、今度は落ち着いて先ほどの話に少しふれてみますと
窯の特徴を掴むことだとの信念に居ます。
灯油窯で続けてみますと、送風機を備えてますから
薪の追い焚きや、サヤを用いての強還元雰囲気つくりには優れものだとおもいます。
ガス窯だけは自分で使った経験がありませんので、あえて触れないでいますが
火力的には灯油窯より供給に安定度も高くカロリーも高く利点があるものとおもいます。
その点電気窯にも最初から薪の追い焚き口の装備の物がありますが
私的にはむしろサヤを使用しての方が好ましいですね。

少し燃焼物について話してみます。
燃焼物に含まれてる成分との科学反応に視点を置きつづけることが肝要でしょう。
含水分もそのひとつだと取ってみることでしょう。
ひとつ興味をそそってもらえる体験談をしますと
根っからの変人ですから、ある時こんな試しをしたことがあります。
火止めをした直後に色見穴からシャボン玉を窯内に飛ばしたことがあります。
この話を聞いて頂けてる中の陶芸経験者の方には想像以上のビームを感じながらです(笑)
まぁお試しあれ・・・必要も無きことだとはおもいますが
その方法と量にはくれぐれもご注意! 水蒸気爆発の要因ですから。
薪とする木の種類にも最大の要因があるのでしょうが
赤松の割り木でなければと断言をされておられる陶芸家の方が居られるようですが
では赤松の減少とともにその焼き物の特徴は失われてゆくものでしょうか・・
たしかに赤松と黒松の違いは油脂量の違いか、その違いはありますが
その為の様々な考えようはあるとおもいます。
木炭ですら(硬質・柔質)その種類の違いの効果の違いはあきらかにあります。
石炭・コークス・これらも実に興味深い素材の燃焼物です。

練炭・豆炭を暖房用だと決めつけることはないですよ。
割り木や燃焼物を他成分を混ぜ水溶させたものに浸し、乾燥させれば異成分を含む突然変異の木も・・・
誰もしてない馬鹿げた道にも、我がサティアンに窯変賞のジュータン(笑っとこ〜と)

当初窯を築いた場所が都会と言う世間の中でしたから
穴窯を焚く機会にもなかなか気遣いの要るものでした。
その上、仕事の休みを利用してのことですから、ますますその機会はせいぜい年二度
正月休みと、5月の連休を穴窯焚きにしました。
1200度域を超えたあたりからの、薪の炎が引き終わるその瞬間の熱の世界にえも言えぬ
あの感動を恋慕うことにもなりました。
ある時友人と話してる時、ひとつだけ望みが叶うとしたら
あの熱の世界の中の器の側に行って、頬ずりをしてみたいと話して笑われてしまいました。
私にしてみれば、真剣な夢を打ち明けたつもりでしたけどね(爆)
1200℃からの壁の厚さに試行錯誤の焚きの道でした。
何時もは小さな方の窯焚きになるのですが、その世界も同じ世界をおもいました。
小さな窯に48時間もかかり、それでも温度を上げきれずに
悔しくも火止めをして、そのまま次の休みの一週間後を待ちました。
次の週、そのままにしていた窯をまた焚くのです。
もちろんあぶりの状態からの再スタートです。
温度の上がり難い窯・焚きの知識のない焚き師(笑)なんとバカゲタ焼き方・・・
これしか出来ない奴の、この方法との出会いがありました。
時間の経過・耐火度の変化・重ね焼だと主張にかえてみたただのやり直し(笑)
これらをふたりの焼き物だとしたかっただけ!だろうな〜・・・

焼き物は焼きでしょう・・という話になった。
釉薬物を長年教えておられるという陶芸家の先生が来られた。
その先生のいわく、「釉薬物はカタログ通りの色を出せてこそ本物だ」と話をつづけた。
私はそのお考えを決して否定の思いはなかった。
私は多分その途中から先生の言葉を聞いてなかったのだとおもう。
なぜならそれ以外に覚えてる言葉がない。
記憶力の悪さには自信がもてるほど過去の体験が多々ありますがね。
責任上だとはおもいませんが、自分のその時の発言は事細やかに覚えてます。
「それは単に先生のお考えのものでしかなく、その為の施釉の仕方、焼き方までを教えにして
そのお考えを教えるべきではないものでしょう」
そう言った自分の言葉を思い出すと、自分の方がはるかにおかしいとおもう・・・
私はその先生に習う側のひとりではないのにである。
それぞれの中で、それぞれの考えに出来ればいいだけの話だった。
その先生との時間があって、その後に陶土を電話注文した時
私は手持ちのカタログの中から二種類の粉末釉薬を注文していた。
冒険心ではなかったその時の気持ちの確信はある。
自分の中でただ持ち続けていただけの想像を試してみようと思った。
カタログに書いてある使用要項を施釉方法からはずした。

いや ねっ、こんな風に思ったものでした。
薪窯で焚く薪材にその成分を含む薪を焚いたらどうなるんだろうと思った。
それには炎しかない自分の窯が薪窯より適正な物だと思えたからです。
用意した粉末釉薬を生地に付着させる手段の水溶なら
その方法での付着性を強要するのではなく
生地への浸透性のない薪の燃える時の灰の降りかかる様の想像をしてみようと考えました。
しかしその為にはやはり人工的な手段ではありますが
付けゴマの要領で、茶漉しでの振り掛けをしてみました。
厚掛け用だとある種の物は、スプレー式の洗濯ノリを付着重ねの手段にした。
もしも興味をもたれてやってみようと思われてる変人(失礼)の方の為に留意点をひとつ
空きパッキンケース等で囲いを設け、少し遠目からの噴射をしてください。
底面・側面・背面・天上面の囲いによって噴射時に起こる風の吹き抜けを無くし
風の舞う状況をつくることでしょう。
ただしこの時用いる接着剤の含成分による科学反応を今気になさっておられる方には
遊びの部分からもすでにはぶかれた私の興味だとおもいます。
私がもし、釉薬物をしてきていたら
粉末を溶く水を、弱アルカリの物、弱酸性の物までと、使い分けしてみれるほどの
決して繊細さなどありえない奴ですと付け加えておきます。


温度の上がり難い窯だったことでの試行錯誤の中
私的には知識の無いままだった事がある意味は幸いしたのだと思えてます。
もしも私の窯が温度が上げやすく、尚且つ窯焚きに習った経験のもと始めていたらどうでしょう
きっと温度の理想だけを求め、焼きの理想をその点だけにしていたのかもしれない・・・
安定させられる条件にいながら、それほど大きなリスクをあえて負ってみなかったとおもう。
でも、私にどうしても叶わないことだろうと想えたのは
温度調節のしやすい窯での焼き物を焼いてみたいことだった。
誰も焼いてないような焼き物、誰も焚いてないような焚き方
誰も考えてないようなとらえ方・・・
ずっとそんなおもえ方のままの自分で居た事を今に思い返せば
そんな想い方をしていることだけが、自分自身への賛同者で居てやりたかったものだったと思う。
違う物を、知らない物を・・・そのたったひとつの守りたい夢のために
焼き物をしていながら私ほど他人様の物を見なかった者も居ないだろう。
ほんの少しの迷いも挫折感もそれらがすべて
私の中での誓いを見失うことになるのが怖かったのだとおもう。

一年後、あの子の命日の翌日曜日に、当時窯を築いていた場所へ
ごく親しくしていた知人友人達をご招待して
あの子の里帰りの日だと一日を共に過ごして頂いた。
その時が初めて焼き物をはじめてることの知らせだった。
来て下さった知人友人達にクジ引きをしてもらい
その日までの二人の一年間のつたない焼き物らしき物を押し付けて持ち帰ってもらった。・・
送る時、またその日からの一年間に、なんとか異なる焼き物をお渡しできるよう
二人して頑張るお約束を、来て頂けたお礼の言葉としてお見送りした。
ごく親しい友人達にまで、その日一日だけのご訪問にと
それまでのご来房はお断りさせて頂いた。
たまたまその後少し経ってから、カミサン(神様じゃないカミサン)がラジオで
とある工芸コンテストの近くあることを聞いていたものに
締め切り当日着で、窯から出した物を水洗いする間もなく出品した。
恥知らずに、怖いもの知らずが同居してる奴はもっと始末が悪いだろう。
これらもすべて、私が変人たる異名をとる由縁だろう。
なんで・・・の試行錯誤はつづいた。

(ある処への投稿の中では、作品提示と共に行う体験上の文言と共に
私なりの手法だとしてきた提言を添えたものにしてるのですが
この場のものはそれらはこの場からは省くもので進行をします。)



焼き物の窯詰めの道具に、サヤと言う道具のある事を知ってたが
使用目的の思考に結びつけてみたのはこうでした。
どうせこんなに温度に苦労する窯なら、窯の中にさらに小型の窯を置いてみたらどうだろうか・・・?
実に馬鹿げた思い付きからの(的を射る)と言って良い発想だったのだが
サヤの中の温度は、その中に入れる可燃物の燃焼物により
本体の窯内の温度よりも先行する状況に至ることにも気付きました。
自分の領域であるはずの仮定する想定からは見事に引き離されることになった。
しかしこれも下地のない無知識者の発想から得た、ある種の偶然性に気付く近道だった。
それぞれの特徴、個性を主張にする焼き物の世界に
その伝統を継ぐための努力は私にはまるで必要もなく、それは空しい夢にしかならない。
しかしながらその伝統を固持しようとする中からその原料の素材が販売されているのだ。
それはどの分野にも言えよう、生産者側に存在する報われの少ない存在だろう。
たまたま耐火度の低い備前土でのスタートが私の中の反発野心をあおりたてていった。
ぞくに言う素焼き温度にその土への耐火度に変化を与えるのではないだろうかと
その疑問の解明が出来ないものかの焼きにしばらくは徹したものだった。
またその段階での気付きに、物が燃える為に必要な酸素量の単純な物理実験をしたくて
知人に頼み耐熱硝子を手に入れた。
この時はましてや欲しいと想いましたよ、レジタル温度計を装備した電気窯を・・・




急ぎたさがあった。ただ急ぎたさにせかれるように
眠ることもなく仕事に行ったことも幾度となくあった。
自分の誓いに長過ぎなど一度もおもわなかったのに
何えなのかせまり来るものえの届かなそうな不安にまとわれていた。

耐火度の高いとされている土のものを
焚く窯の中での乾燥からの焼成の試みもしてみた。
耐火度の低いとされてる土を
どんな教え方なら耐火度の高いものに変われるのかを焚いてみた。
自分の時間にただ腰を下ろしてみようとおもった時
それぞれの土に、素直にその子の生まれることだけ待って居ようと決めた。
この子はこう送ってやろうとも
あの子はどんな迎え方をしてやろうとも想わないことにした。
その子が生まれてきた時、どう活きたいかを知ってやろうとおもった。
野で摘んできた花や木の実を持たせて窯に入れた。
書いた手紙を持たせてやった。
その子の子守を頼んだ子もあった。
一度一緒に呑んでくれるかいって、笑って棚に座らせた子も居た。
淋しがってるように見え、今夜はおまえに付き合うかって
星の見えるテーブルを囲ったよな君とは・・・


その誓いはしなかったつもりだったが
誓いをもった10年の充ちる日とともに自分が焼き物からも離れて行くだろう予感があった。
自分の中のきっとその部分だったのだろう
どこかなにかに急かれるように作陶と窯を焚いた
夜に始めた窯出しを終えると、そのまま窯を詰めていた。
外の明るさにふと我に帰り、その着姿のままで車に乗り込もうとしたことさえあった。
そのために使える時間のほとんどすべての時間は、ただ試行錯誤のもだえだったおもいが残る。



陶土 備前土
炭化焼成

投稿用原稿書きをしょうとしてる机にぺん立てにしてる物を
二点とお茶の入ったままのマグ三点を急遽写真に写しました。
それらしき物を取りに行けばいいのですが
どうせなんの信頼性ももたれないのにと居直りです。アハッ
されどつづけるこの恥知らずってやつ
ごたくをつづけます。
写真の三点の内、中央のマグは最近のものに入る物です。
右の物は人工的に灰を上部に厚付けしておいて焼成したものです。
左側の物はまま、金彩窯変の出てるものです。
中央の物は下部だけに緋色を出し、上部は酸化焼成にも近い色合いの物です。
例えばこのように、窯変の異なる物を同時の窯から出せるのが
自然釉ならではのもつ、面白さを象徴できるものではないかとおもいます。
サヤを使っての炭化焼成では、そのサヤの中だけの雰囲気の世界を作り出すわけですから
さらに変化を期待のできるものでしょう。
たとえばこの右の物を下になってる部分に灰を施し作品を伏せて置く状態で焼きますと
溶融して流れ落ちる姿はこのように正姿状に置きますと当然逆流模様となるのです。
ただし、この流れ落ちる状況をこの場合も含め、視察することによって火止め時を判断することは
サヤ内の物についてはまず100%不可能となります。
窯内部の焼成状況を目視した経験のない方にあえてご説明いたしますと
この溶融する温度域の色は作品生地も全て同じ半透明の状況にありますので
棚板に直接置かれたものであっても、目視判断の難しいものです。
とくに薪燃焼時に付着する灰の溶融状況の影か、その前の状況かは
目視による判断は経験を根拠のものでしかないでしょう。
それ相応の経験と伴う感の複合判断が全てだと言えるのではないかとおもいます。
左の作品、中央の窯変については、また別のとらえ方も含めた想定の窯詰め
焚きの要領である程度のコントロールが可能です。
温度域・雰囲気・燃焼物の窯内の時期に応じた燃焼の作り
様々な複合化学反応の妙は、その変化を求めれば求めるほど一貫性を失うものです。
次回からは、勿論有識者以外の方々の興味に触れて行きたいとおもいます。


つながりのない話につづく

アハ〜 登場

たとえば市販されてる同じ型の窯を使用してほぼ同じ素材を同条件の焼きをしたとします。
当然のように見分けのつかない物が焼けるようにおもわれるはずです。
酸化雰囲気の電気窯での釉薬物でしたら温度管理のものですから同等の色は出るとおもいます。
ただし、それは色反応のことでしかなく、厳密には違いのある物になるでしょう。
その違いには釉薬の溶ける状態に微量といえども差のあるものだろうとおもわれます。
余談にひとつの確認手段をあげておきますと、二基を並べ同時のスタート操作とし
設定温度の到達時が全く同じであるかどうかどうかでしょう。
それはコンピュータ設定管理の物であれ
到達時までの温度グラフまでが同じとはかぎらないものだろうとおもいます。
しかもこれが炎の熱使用の窯になると不可能だと断言しても
私の認識違いだとはおもいません。
たとえば耐火煉瓦一枚の違いですらその可能性側の原因となりえます。
煉瓦の積み方のわずかの違いすらその原因となりえます。
専門的なことは判りませんが、電気には上限のない世界に近いものかもしれませんが
炎を資源とする熱の壁の反応には未知が存在しつづけるものの気がします。
同じ窯の使用をしてもしかり、前回との違いはわずかずつでも存在するでしょう。
無形文化財の先生方がお焼きになられても、秘蔵の青写真通りに造りかえた窯でも
以前の作風とは違いのでるものでしょう。
ただし、ただしを強調して、私などには違いの判るはずのない物を焼かれるかも
かもですよ・・・言いたさを押さえるために次回に・・・

つづく


アハ〜 つづいたで〜



陶土 備前土
灯油窯焼成(写真拡大可)
★赤松割り木使用のサヤ使い炭化焼き
 写真黒点模様は薪燃焼時に降り付着した灰がサヤ内の強還元雰囲気の
 炭素色素を吸着させたものでしょう。
 時には、この斑点模様のものが濃い緑色となる物もあります。
 窯変とは窯の中での変化を言うものでしょうから、どの色のものもまたそうでしょう。
 他の諸所で述べましたように、人工的に付け灰をする手法もありますが
 この場合は全て自然のはいかぶりです。
 薪窯で見る、あの灰の付き方にはほど遠いものですが
 薪量とサヤ内の広さ、高さ・煙道のつくりようで
 ほぼ区別つけがたい物も焼けました。
 強還元雰囲気からなす金彩窯変も濃く出ています。
 温度域管理の係留帯の長短でこの金彩の濃淡が決まります。
 つまり短いと浅い色合いのものになるようですが
 その時期を超過させてしまうことは失われてゆくものでもあります。
 黄金色のもの、赤味をおびた茶金色のもの
 雰囲気の差の妙でしょう。
 引きの強過ぎる(流れる早さ)雰囲気には望み薄のものです。
 ただしこもり過ぎの雰囲気にもわずかの違いでおきない現象のようです。
 つまり、私には判りません。
 だれかおせ〜て〜〜・・アハ〜

中の煙草の吸殻に隣のやつに移ってもらって激写!や
それで思い出したけどつい最近こんなことがあった。
半筒茶碗でおもいだしたけど
ある陶芸家の話やけどこうや・・・


「 何処のどいつが、筒茶碗は寒い時期に使うなんて言いだした??
珠光・利休達が侘び茶を始めた頃は、そんな約束事は無かったが・・・・。

どっかの間抜けが権威を付ける為、ああだ・こうだと勝手に決めた事。
それをさも有り難そうに守っているのは、侘び茶が何たるかを理解しない御仁達。

勝手にやってくれ・・・、て感じだよ。」



おもわず持ってた煙草で○書いた。

さらにはこうも欲しかった。
あれは招待じゃなく来いの世界や。
来る者には自慢をほめろの世界や。
まねいた (る)の世界やな。
添うの意味の中の添わせるための場所構えやな。
主が来たり人の下におれとの教えはない。
座はせめてもの位置に虚栄心を固持するそのものになる。
足袋を持たない者 靴下に穴開きしかない者に
素足を洗ってよしとする座がない。
来たれ人に衣を悩むすべもない者の場の存在はない。
ほこりをはたき、えりをただすことでよしとするものはない。
もてなしがその家の素状であるはずもない。

価値観とは、受ける者の存在感にしかない。
私の家宝とは、私とこの世を共通する
同居者と中身を分け合い食する時の飯茶碗にしかあらず。

欠けた飯茶碗の、その姿の過去にしか歴史はない。

と、まあそのお方が書いてくれてたら
あの時◎にしたのにな〜・・・

つづいてもええかの〜・・・
ええはの〜!どうせ一度見て気にくわんかった人は此処にはおらんじゃろ。

ほんならつづけるで。